FIGHTERS(ファイターズ)
【日本ハム1974年〜】 
 
 1973年の12月、日拓ホームフライヤーズを買収した日本ハムは、球団のニックネームを新たに募集すると発表した。賞品の特賞はアメリカ、メジャーリーグ、オールスターゲームの観戦。
 実は当時、高校生だったボクもこのニックネーム募集に参加している。
 応募しようと思ったのは、ある新聞記事を読んだのがきっかけだった。
 それは日本ハムのフライヤーズ買収に関する記事だったんですが、、ハムとフライヤーズをひっかけて、こんなふうに書いてあった。
「今回の買収劇、ハムとフライヤーズで頭に浮かんだのはハムフライだ。しかしハムフライじゃ、安食堂の百円定食みたいだ……」
 うまい。
 思わず「座布団一枚」と言いたくなる記事だったんですが、これがボクにかなりの悪影響を与えたようだ。
 で、私の出した案は、日本ハムエッグスと日本ハムサンドスというしょうもない駄ジャレ2発。
 しかしこの原稿を書く前に、野球体育博物館で当時の資料を漁っていたら、このときの『週刊ベースボール』が出てきまして、中に「新ニックネーム、ファイターズと決定」という記事を発見した。そしてその記事の応募状況を説明する話の中に、くだらん例というのがいくつか出ていたんですが、なんとその中にボクの出したハムエッグスが入っていたんですよね。記録に残る怪挙?。
 ちなみにボクのお仲間としては、他にハムレット、ワンパクボーズ(これは丸大ハムのCMキャッチコピー)なんて応募もあったようだ。
 一方、真面目な案でいちばん多かったのはジャガーズ、つづいてイーグルス、エレファンツ、ドルフィンズの動物勢。日本ハムの社内では会社の英語名がニッポン・ミート・パッカーズなので、パッカーズを押す声が大きかったそうだ。
 で、応募総数10万通の中から、結局ファイターズが選ばれ、特賞を射止めたのは岡山県の女子高生だった。彼女がファイターズを思いついた理由は「岡山県出身の大杉勝男選手がファイターなのでピタリだと思いました」。
 しかしその大杉選手は2年後の75年にはヤクルトスワローズにトレードで移籍してしまったんですけどね……。
Fighters (Nippon Ham 1974-)

On December in 1974, Nippon Ham bought up the Nittaku Home Flyers and offered a public competition to select a nickname. The special prize was a ticket for the American Major League all star game.
Actually, I was a high school student at that time and joined the competition, after reading an article in a newspaper. It was the article about Nippon Ham buying Flyers: I thought; "Ham is buying Flyers. If those two became together, it will be ham Fries. But Ham Fries reminds me of cheap dinners." I liked the article very much. I had two ideas for the nick name, one is Nippon Ham Eggs and the other was Nippon Ham Sands, which are both pretty corny jokes. I recently pulled out an old "Weekly Baseball Magazine" to write this article about he nicknames and found an article about the nickname of Fighters. It showed some examples of worthless nicknames like "Hamlet", "Wanpaku Boozu" (This was the catch copy of TVCM) and mine, "Ham eggs!" I was surprised to find mine in there. On the other hand - and in reality -- Jaguars got the most votes, and Eagles, Elephants, Dolphins followed. Within the Nippon Ham company, they wanted to nickname the team Packers according to their English Company name, Nippon Meat Packers. The nickname, Fighters, was chosen from among about 100,000 subscriptions and a high school girl in Okayama got the special prize. She said, "I was inspired by one of the players in the team who is from Okayama." The player was traded a few years later, though…



FLYERS(フライヤーズ)
【東急1947年、急映48年、東急49年〜53年、東映54年〜72年、日拓ホーム73年】

1946年の12月、東京急行電鉄は戦後に誕生した第二次セネタースを買収して、東急ベースボール倶楽部を設立した。
 ニックネームのフライヤーズは雄飛、跳躍、あるいは、飛ぶがごとく迅速な人、モノ、という意味がある。
 当時の東急電鉄のマークは線路の断面に羽根がデザインされていて、鉄道の速さを表現していたし、アメリカの鉄道ではフライヤーという特急列車も走っていた。まさに親会社のイメージにピッタリというコトでオーナーの大川博(当時常務)を中心に社内で協議され決定したそうだ。
 しかしフライヤーズの命名に関しては、これとは別にアメリカ野球通の鈴木惣太郎が考えたという説もある。資料のひとつとして参考にした東映映画の社史には、鈴木さんのスの字もなくて、大川常務を中心に考えたと明記されているのだが、フライヤーズなんてモダンな名前は、当時の日本人だと鈴木惣太郎くらいの知識がないと、思い浮かばないんじゃないかという気がする。おそらく大川さんを中心とした会議で決まったにしても、元ネタの出所は鈴木惣太郎だったんじやないだろうか。
 そしてその後フライヤーズは、54年2月に大川常務の東映社長就任にともない、経営を映画会社東映傘下の東映興業に移管する。つまり大川さんと一緒に球団も会社を移ってしまったワケですね。
 そのため、球団名は東映フライヤーズとなる。しかしボクは昔、コレではじめて東急と東映が関連会社だったというコトを知ったんですが、みなさんはご存知でしたか。他に鉄道会社と映画会社の関連しているケースとしては阪急と東宝がある(どうでもいいけど……)。
 そして東映フライヤーズは72年まで存続したが、73年に不動産会社の日拓ホームに譲渡されてしまう。で、1年間だけ日拓ホームフライヤーズとなり、73年の暮れにはさらに日本ハムに譲渡され、ニックネームはファイターズに変更された。
Flyers (Tokyu 1947, Kyuei 1948, Tokyu 1949-1953, Toei 1954-1972, Nittaku Home 1973)

On December in 1946, Tokyo Kyuko Tetsudo acquired the Dainiji Senators, which was created after the War, and formed the Tokyu Baseball Club. Flyers means to launch, to jump and to run rapidly. At that time, Tokyu Trains had a feather symbol on their trains. There was also a rapid train named "flyer" in the United States. It is said that the team was nicknamed according to those images.
However, there is another version about naming of the team. They say that Mr. Suzuki Sotaro, a big fan of American Baseball League, named it. I can't find his name in any history of corporation, but it seems like the name "flyers" is modern and it would be impossible for everyday Japanese people to choose that team name without the opinion of Mr. Suzuki.
As Mr. Okawa becomes the president of Toei on February 1954, the Flyers came under the control of Toei Kogyo, which is affiliated with the Toei Movie Company. Therefore, the team became the Toei Flyers. It lasted until 1972. Nittaku Home acquired the team in 1973 and it became Nittaku Flyers for only a year. After that, Nippon Ham bought the team and re-named it Nippon Ham Fighters.