昭和30年代プロ野球黄金時代野球少年のバイブル。

野球の図鑑
中沢不二雄著
1960年 講談社刊



 夏休みになると、東京ドームの一階にある野球体育博物館の図書室は、子供たちでいっぱいになる。宿題の自由研究でプロ野球について調べるために小学生たちがやって来るのだ。

 野球体育博物館が出来たのは昭和34(1959)年。私が小学校に入学する一年前という勘定になる。

 しかし小学生時代にプロ野球を学校の宿題のテーマにしようなんて発想は、私たちの時代にはなかった。ま、当時は自由研究なんて宿題がなかったというのもあるとは思うのだが、そもそも昭和30年代の頃は、学校の宿題というアカデミックなものに、プロ野球は馴染む存在ではなかったのだ。

 そもそも野球体育博物館という名称に体育という言葉が入っているのも、博物館としての認可をとるための苦肉の策だったという話を聞いたことがある。

「たかが選手ごときが」と発言をした人もいるけれども、あの頃は「たかが野球ごときが博物館」というような時代だったのである。あのオーナーはちょうど私の両親と同じくらいの世代。あの世代の一般的な日本人のプロ野球に対する価値基準はそんなものでしかなかった。

 そのような時代に講談社の学習図鑑に「野球の図鑑」というのがあった。今の学習図鑑にはいろいろな種類があるが、あの頃は動物、植物、魚といった定番の他には、理科、社会、地理、保健体育あたりがいいところで、野球というテーマは異質だった。ウチの親は動物や植物はすぐに買ってくれたのだが「野球の図鑑」は買ってくれず、祖父に頼み込んで手に入れた記憶がある。
 この図鑑だけはなんとしても手に入れたかった。

 なにしろあの時代、子供向けの野球本というのは、この図鑑くらいしかなかったのである。

 扉を開けると最初に出てくるのは、当時の後楽園球場の俯瞰図だ。図鑑独特のタッチの絵で描かれていて味がある。次のページにはアメリカの野球場の絵。航空写真からイラストにおこしたと思われる当時のミルウォーキー、カウンティ・スタジアムは、球場よりも広い駐車場に圧倒される。今は使用されなくなったデトロイトのタイガー・スタジアムも出ているのだが、当時の名前はブリックス・スタジアム。今年いっぱいで姿を消すニューヨークのヤンキースタジアムは、今と変わらない。

 ユニフォームの歴史についても大雑把な図解が出ている。そして技術解説のページもある。正しいフォームや変化球の投げ方まで解説されている。最後のほうには、当時の各球団の球団旗がカラーイラストで掲載されている。

 ユニフォームや球団旗の歴史を調べている私にとって、この図鑑こそまさに原点だ。

 著者は当時のパ・リーグ会長の中沢不二雄さん。「野球の図鑑」を祖父に買ってもらったのは小学校の三年のときだったと思うのだが、小学生の私は中沢さんの名前を知っていた。もちろん鈴木龍二セ・リーグ会長の名前も知っていた。

 しかし今の子供たちは、セ・パの会長の名前を知らないだろう。日本サッカー協会の川渕三郎キャプテンなら知っているかもしれないけれど……。

 祖父に買ってもらった「野球の図鑑」は、毎日見ていたために最終的には背表紙も外れてバラバラになってしまい、中学のときに母親が処分してしまった。

 しかし一昨年、中沢さんが野球殿堂入りしたときに、野球体育博物館で展示があって、その中にこの「野球の図鑑」が展示されていた。思い出が蘇えってきたボクは、古書店でこの図鑑を探しまくった。そして古書店のネット販売で、この図鑑を見つけた。そして再び毎日、手にとっては眺めている。


綱島理友の古本野球史 第22回

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