病気を克服したメジャーリーガーとロスへの一泊三日の旅。

ナイスコントロール!
ビル・ガリクソン著
1990年 医歯薬出版刊



 あれはビル・ガリクソン投手がメジャーリーグに復帰した年だったので、1990年の話だ。
 ある日、友人から電話がかかってきて「今週の週末、体が空いているか」と聞かれた。
 別に用事もなかったので「空いている」と答えると、「ちょっとロサンゼルスに行ってくれないか」と言われた。しかし翌週には仕事あったので「無理だ」と断ると、「週末は何日空いているのか」と聞く。「土曜から月曜までだな」と答えると、「ああ、それで行ってくれ」と軽く言われてしまった。土曜日にロスでМTVの映画関係のイベントがあって、それを取材してきて欲しいという話だった。
 結局、引き受けることになって、その週末一泊3日のアメリカ取材に出かけることになった。
 しかし一泊だけなので、荷物も着替えを入れた紙袋のみ。飛行機も手荷物だけで、ロスの税関には不思議がられたが、手荷物検査もなく税関検査を通過するのは楽だった。
 今、考えても不思議な旅だった。МTVのイベントには当時人気のシャロン・ストーンが間近にいたり、ロッド・スチュアートが目の前で歌っていたりして、それはすごいシチュエーションだったのだが、飛行機の長旅で到着して時差ぼけの夢遊状態で、残念ながら夢の中の出来事のような記憶しかない。
 しかし妙に憶えているのが、ロスのホテルについてテレビをつけたらメジャーリーグの試合をやっていて、マウンドで投げていたのがガリクソン投手だったというシチュエーションの映像だ。
 前年に読売ジャイアンツを退団してデトロイト・タイガースに復帰していた彼の姿を見て、自分はアメリカにやって来たんだというコトを実感した。
 ガリクソン投手と言えば、桑田真澄投手と仲が良く、息子のミドルネームに「クワタ」と名付けたエピソードが有名だが、あともうひとつ糖尿病を患いながら投げつづけていたという逸話もあった。
 そんなガリクソン投手が糖尿病患者の人たちに向けて、病気に負けるなという気持ちをこめて、病気との上手な付き合い方を語っているのがこの本である。
 彼は前書きにこう書いている。
「プロ野球の選手としてのスタートをきったのは18歳のときでしたが、21歳で糖尿病と診断され、この時、病気のため、私の望みは叶わないだろうと思ったものです。糖尿病と診断されたその日から、ずっとこの病気とともに生きることを学ぶ毎日でした。この本の中で、私がどうやって、糖尿病の恐怖を克服したか、そして今、どうやって私の病気を前向きの姿勢で受け止めているかをお話したいと思います」
 それにしてもベンチで自らインシュリンの注射を打ちながら、マウンドに上がっていたという話は壮絶だが、この本には、それは一種の手続きのようなもので、別にどうってことないという感じで淡々と書かれている。これは糖尿病の患者さんにとっては、間違いなく大きな勇気を与えてくれた本だったと思う。メジャーリーグには病気を患いながらも、それを克服してプレイを続ける選手は多い。糖尿病は過去に何人もいたし、ガンを克服した選手もいる。アメリカ人の前向きさには、正直、驚く。
「ナイスコントロール!」というタイトルは、投球のコントロールではなく、病気をうまくコントロールしているという意味である。
 98年に日本糖尿病協会が社会的貢献をした小児糖尿病患者を表彰する「ガリクソン賞」を制定したが、この本を読むとまさに適任という気がする。
 ガリクソンは大リーク復帰2年目の91年には20勝でアメリカン・リーグの最多勝に輝いている。ホント、すごい選手であった。

綱島理友の古本野球史 第96回

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