あの時、偉い人たちに言ってやりたかった。
投げたらアカン!
わが友・わが人生訓
鈴木啓示著
1985年 恒文社刊



「投げたらアカン!」
 あの大阪近鉄・オリックスの合併騒動で、近鉄首脳が苦悩の記者会見をひらいている映像を見ながら、このフレーズが頭に浮かんだ人は多かったと思う。
 ホンマ、投げたらアカンかったのや。
 近鉄バファローズの鈴木啓示投手が通算300勝を達成したのが84年。そのあと公共広告機構のCMに登場し、連日のようにこのフレーズが流され、一世を風靡した。おかげで鈴木さんには、よい意味でも悪い意味でも、説教くさい人というイメージが定着した。この教訓的な言葉はカリカチュア的に浸透していったワケだが、あの球界再編騒動のさ中、改めて意味深いフレーズとして自分の中に戻ってきた。
 ウチの事務所には、プロ野球選手の企画本収集家の黒田くんという青年がいる。彼があの騒動のおこる数週間前に、「綱島さん、古本屋でこんな本みつけました」と見せてくれたのがこの本だった。
「投げたらアカン!」がそのまんまタイトルとなった、1985年恒文社刊の単行本だ。
 表紙で、アゴに手を当てた鈴木啓示さんが、「説教したろうか」という感じで、こちらを睨んでいる。サブタイトルは「わが友・わが人生訓」だ。
 通算317238敗、勝ち星は歴代4位。大阪近鉄バファローズ唯一の永久欠番1。球界を代表する大エースであった。
 人を説教する器としては文句ない。鈴木啓示に説教されるなんて、プロ野球ファン冥利につきる。そう思って、出版当時、この本を手にしたプロ野球ファンもいたかもしれない。
 鈴木さんが所属していたチームの合併騒動を横目で見ながら、黒田くんから借りたこの本を読みはじめた。
 しかしこう言っては失礼かもしれないが、意外と面白かったのである。
 と、いうか、読みはじめていきなりジンときてしまったりした。
 鈴木投手が300勝を達成したのは84年の5月5日。球場の食堂で祝宴が行われたあと、報道陣や関係者でごった返す中、人ごみのはじにポツンとたたずむ西本幸雄元監督を発見した鈴木投手は、人ごみをかきわけ西本さんの元へ飛んでいった。
 この3年前の81年9月23日。川崎球場で行われた対ロッテ戦で、鈴木投手は3回2アウトまでで6失点、無残にKОされた。このシーズンは5勝11敗という散々の成績だった。
「 “草魂”というオレの美学、人生哲学を振りかざしてみても、もはや雑草の生命力は燃えつきたのか? と毎日、オレは自問自答して思い悩んでいた。スランプというよりは、もっとつきつめて『このまま、もうダメになるのではないか』という絶望感である。チーム一の高給取りが、出るとKОの連続……。ファンの失望感、罵声も背中に突き刺さる。オレは追いつめられていた」
 当時、すでに通算で271勝をあげていて、引退を決意した鈴木投手は宿舎の西本監督の部屋を訪れる。
 辞める決意を話すと、監督は「スズ、つらい方の道を選んでみい。楽な方の道はいつでも選べるんや」と淡々とした中に毅然たる響きをもった口調で言った。“苦しいことから逃げたらアカン!”。このとき西本監督が諭さなければ300勝はなかったのだ。
 プロ野球はひとつひとつの物語の積み重ねで、現在の形が出来あがった。成り行き任せで迷走を続けた球界のリストラクチャリング。あの球界再編騒動といわれた騒ぎは、ただひたすら積み重ねてきたものを無にする方向のみに進んでいたようにも見えた。偉い人たちに説教臭く「つらいほうの道を選んでみい」と言ってみたかったというのが、あのときの我が心境であった。

綱島理友の古本野球史 第15回

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