痛々しいまでの、ヨイショしまくり本。
野球と正力
室伏高信著
1958年 大日本雄弁会講談社刊



 プロ野球史について書くときに、基本データとして使用する本はいろいろあるが、この本もそんな一冊だ。プロ野球史を研究する人にとっては必携の書だと思う。
「野球と正力」が出版されたのは昭和33(1958)年。版元は大日本雄弁会講談社。
 著者は室伏高信。この人は大正時代から戦後にかけて活躍した文化人で、「時事新報」「読売新聞」の記者を経て評論家として頭角を現した。
 大正10年には改造社の依頼でアインシュタイン博士の招聘に一役かうなど、常に時の話題の中心にいて、当時の若者たちからの強い支持を得ていた知識人だった。海外の思想、哲学を数多く紹介し、昭和15年にはアドルフ・ヒットラーの「我が闘争」の翻訳も手がけたりしている。
 そのため戦後は公職からの追放処分になったりした。
 この本は正力松太郎が子供時代に雄球団という野球チームで、外野とセカンドをやっていたという話からスタートする。しかし正力松太郎伝では秀逸とされているノンフィクションライターの佐野眞一さんの「巨怪伝」にはそんな話は出てこない。参考資料のリストの中に「野球と正力」は入っているのだが、佐野さんが取り上げている正力が少年時代に親しんだスポーツは、柔道をやっていたという話だけ、野球に関しては黙殺している。どうも、ちょっとやった程度の話が、この本では大きく取り上げられてしまっているようなのだ。まあ、「正力と野球」というのがタイトルなのだから、しょうがないのかもしれないが、なんだか花嫁花婿がみんな優秀な人になってしまう針小棒大の結婚式のスピーチのような書き出しである。
 それにしてもこの本を読んでいて、戸惑いを感じてしまうのは、室伏さんの正力松太郎という人に対する持ち上げぶりだ。その持ち上げ方は、時には尋常ではなく、こちらが面食らう記述もある。
 ほとんど正力教の信者という感じで、細かい部分にまで至れりつくせりの美辞麗句が連ねられている。
 まるでどこぞの国の個人崇拝のようだ。
「私は新聞記者だった。その関係で、古い政治家のうちには、板垣退助、大隈重信、原敬、犬養毅、河野広中、島田三郎、三浦梧楼、平田東助、清浦奎吾、大浦兼武、後藤新平、谷千城、曾我祐準、尾崎行雄、若槻礼二郎、などという、今から見るとだいぶ古典的となった人たちとも会っているし、戦争中、またそれ以前には近衛文麿とも数回会っている。今の政治家のうちでも、石橋湛山、芦田均、鈴木茂三郎などとはいくらか交わったこともあるので、まるっきり世間知らずというほどではないが、(中略) 正力さんは私をひきつける。それはことによると正力さんを利用しようとするずるさが私の中にはあるのかもしれない。私にはそういうずるさがある。そういうずるさをいまだに十分に超克しきれないものがある。そう思うと自分につくづく愛想をつかすのである。しかしそういう点も手伝ってのことではあろうが、正力さんは私には魅力のある人物である。何かこの人について書いてみたくなるような人物である。今の日本で、正力さんは肖像画になるただひとりの人物、ただひとりといってはいいすぎかもしれないが、それに近いような人物である。」
 終章で室伏さんはこう書いているが、自分のやっているヨイショにこう弁明するしかなかったのか、同業者の物書きとしては痛々しさすら感じてしまう文章だ。
 最初にこの本はプロ野球史を研究する人にとっては必携の書と書いたが、針小棒大な話がいくつもあるので、プロ野球史の事実関係をきちっと把握している人が読んで、はじめて役に立つ本である。
 室伏さんは「テレビと正力」という本も書いていて、やはりこれも正力さんを称賛する本だ。正力松太郎の伝記にはこういう本が多い。もう少し客観的に書かせる度量があったら、いろいろな意味で先駆者でもあったワケだし、後世でもっと尊敬されていたと思うのだ。
 その点が本当に残念である。

綱島理友の古本野球史 第83回

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